夢♪ 北海道 v(^ ^)

風景写真や、お花のスナップ  自由気ままにアップしてます ( ^ ^ )

  東日本大震災、大津波遺構を訪ねて・・・・・・

この数日、テレビでは 5年前の大震災、大津波関連の番組が続きましたね、
いい加減 食傷気味・・・・・ 
しかし そのような世間の騒ぎがなくとも 自分個人的には毎年いつも 思い出してるんです、
3年前の北海道旅の往路、九州から青森まで陸走しました、被災の状況を自分の目で見ておきたくて、

実は、毎年 この時期、同じような写真で記事を書いてます、 
当ブログで二度 三度ご覧になった方にはごめんなさい、また使わせてもらいます m(_ _)m 

                          【 この記事の写真は 2013年 9月24日 の撮影です 】

九州からのルートは 山陰路、北陸路と走り、新潟の手前から会津方面への道で山越え、 
仙台を通過して三陸海岸へ入りました、 震災後 一年半経ってます、
まず向かったのが、石巻市の日和山(ひよりやま)公園、
1-OD786.jpg


震災・大津波のときのニュース映像では何度となく登場しましたね、
2-BT789.jpg
湾岸地区から近い 小高い丘で、徒歩で登る石段もあるようです、


公園のフェンスに、被災前の様子がパネル写真にして設置してありました、 
3-WP791.jpg
津波で破壊された湾岸地区の被災状況が、手に取るようによくわかります、


大津波当時、石巻市民の何百人もの人たちがこの場所に避難して、壊されていく自分たちの街を 
嘆きと悲しみの気持ちで見てたんですねぇ・・・・・  傷ましいことです、 
4-ZI797.jpg
日和山公園の奥には神社があったけど、地震被害で本社が被災したんだとか、 
「ご協力をお願いします」 との看板もあったけど、今は復旧してるんだろか? 


石巻を後にして 海岸線を北上、 次に向かったのが 南三陸町の防災対策庁舎跡、
5-RM807.jpg
この庁舎だけでも 30数名の方が亡くなられたそうです、 


三階建ての頑丈な鉄骨造り、屋上の高さは 10mちょっとか、 津波はこの屋上をも超えたんだとか!
6-VW805.jpg
この建物で助かった数人の人は、屋上に立ってるアンテナの途中までよじ登り、必死で耐えたんだとか、
当時の状況がもの凄かったことが ずんずんと自分にも迫ってくる感じがしたものです、 


建物前には小さな池も造られており、穏やかな佇まいだったことが偲ばれる、 
7-YC837.jpg
防災対策庁舎のすぐ左には、木造平屋建ての南三陸町本庁舎があったそうだけど、跡形も無い、

庁舎跡は復興工事の妨げになるので、一時は取り壊し撤去される方針だった、 
しかし 県と国が津波遺構として残す方針を申し入れ、とりあえずは残されることになったらしい、

自分個人的には 遺構として残す方に賛成、 
被災されて助かった方の、家族や親族を思い出すので辛い、というお気持ちも分からぬではないが、
この惨状を実際に自分の目で目の当たりにすると、自分のことのように心に響いて哀しかった、 
ニュース映像などで見るのとは全然違う、 
人の記憶は5年、10年と時を経るにつれ 薄れていくが、現実の遺構として後世まで残ってほしい、


南の方から南三陸町に入って、防災対策庁舎跡にたどり着くのに地図は不要だった、 
平野に入り、この赤い鉄骨の遺構は ずいぶん遠くから見えたから、 
8-AL840.jpg
震災前は、このあたりは住宅や商店、会社社屋が密集してあったと思われる、、


目の前の 海に近い川面には、カモメだか ウミネコだかの水鳥の群れが浮かんでた、
9-UN839.jpg
川岸の向こう、ある線から上は 住宅が連なっており、ごく普通の住宅街、 

しかし その線から下はただの空き地に見える、 この場所にどのくらい多くの住宅があったのか? 
A-EK842.jpg
不自然に乱立する電柱が それを物語っているようだった、

南三陸町の防災対策庁舎跡は 自分にとって、とても印象深い経験だった、
その後はなんだか重い気分になり、淡々と車を走らせた、 


陸前高田の 「奇跡の一本松」 も立ち寄るつもりではあったけど、まったくその気にならず、、
B-SK820.jpg
走行中にカメラ片手持ちで撮影、 このときはレプリカ松以前の 本物の一本松だったけどね、、


これも 走行中の車内から、、 5階建てのアパートのように見えるけど・・・・・   
C-TA825.jpg
よく見ると、4階までのガラスとベランダの目隠しが無くなってるのがわかる、 
津波がこの高さまで襲ったという証明ですね! 5階も一部損壊してますね、  
この場所で亡くなられた方も居らっしゃるんだろか・・・・・・  


ニュース映像や報道特番で見る映像も凄いショックを受けるけど、実際に自分の目で見ると、
それはスケールが違う、 全然別の印象を受けます、 
石巻、南三陸町、陸前高田、釜石・・・・ 訪れるまでは ピンとこなかったけど、今は違う、
自分はこの先も、 ずっと忘れることはないでしょう、、  
     
     

テーマ:旅の写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/03/13(日) 01:36:51|
  2. 旅の写真
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

私の住んでいた地区でも知り合いが何人か亡くなり、他人事ではありません。その後、岩手や宮城は順調に復興の道を歩んでいるようです。
それに追随できない我が福島県。近寄りたくない、食べたくない。とにかく福島は嫌だ。そう思っている方が少なくないのでしょう。小沢一郎や山本太郎なんて、血の通った人間じゃありません。
悲しいけれども、現実です。東電が社員食堂で、福島のコメや野菜や魚を提供しているなんて話、一切聞きません。
福島県民は、首をすくめてあのことを忘れ去るのを待つしかないのでしょうか。
  1. 2016/03/13(日) 09:45:20 |
  2. URL |
  3. AzTak #ba33.0Zs
  4. [ 編集 ]

AzTak さん、 東電は責任を痛感してると 表向きには言ってますが、とても本心からの言葉とは感じることはできませんね、 
東電社員の半数以上を福島県内に移住させ、通勤させてみればよい、 
そうすれば 福島県民の気持ちも身に染みてわかるだろうにと思います、 
まぁ、極端な意見ではありますが、 
東電は自然災害という認識が強いが、自分は 明らかにそうではないと考えてます、 
  1. 2016/03/14(月) 16:08:05 |
  2. URL |
  3. #qbIq4rIg
  4. [ 編集 ]

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